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読書記録です。
2010.01.25 Mon
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2005年12月27日発行  SB文庫  各852円

舞台は12世紀のイギリス。
いつか自分の手で立派な大聖堂を建てたいと願う職人のトムは、家族を引き連れて放浪していた。そんなトムが職を得たのは、キングズブリッジという田舎の修道院だった。
キングスブリッジの修道院は、新しい院長のフィリップを迎えたばかりだった。
腐敗しきっていたキングズブリッジの修道院の立て直しをはかるフィリップは、トムの協力を得て大聖堂の修復に着手する。

いずれも5百ページを超える上中下巻を一挙に読んだ。

面白い。
『大聖堂』というタイトルだが宗教的な部分は殆ど無い。
様々な人物の思惑や裏切があり、戦闘が起こる。どんどんストーリーが展開する。

深い感動に浸る、というような種類の本では無いけど、こういう本も楽しい。
2009.11.27 Fri
羽田ハブ空港化構想に森田健作千葉県知事が激怒したニュースで、成田空港が建設された際の抗争が映つし出されていたのを見て、『抵抗する自由』(鎌田慧)を読んだ。

ニュースでは成田闘争は過去の出来事のように言っていたが、成田空港の滑走路の正面で今も数家族が農業をしながら暮らしている。
成田問題は、未だに解決していなかったのだ。

『抵抗する自由』と一緒に、『苦海浄土』のなかで石牟礼道子が繰り返し読んだ書いていた林竹二の田中正造の本も、図書館から借りてきた。『林竹二著作集3 田中正造 その生涯と思想』

成田闘争は昭和40年代、田中正造がその生涯を賭けて関わった足尾銅山の鉱毒事件は明治時代の後半だが、手段を選ばず農民を立ち退かせようとする政府のやり口は驚くほど似ている。

『田中正造 その生涯と思想』には、田中正造の日記が抜粋されている。

国民は法律師の奴隷たるべからず。
被害民は、被害地を指して、我はこの土地の所有者たることを忘れるべからず。


日本の気風は、下より起こらず、上よりす、民権も官よりす。
日本の民権は、民人より発揚せるにはあらざるなり。
憲法すら上よりせり。ああ一種不思議の気風なり。
日本今ま(ママ)君主制国の如く、立憲の如く、盗賊国の如し。危うし、危うし。


田中正造が嘆いた日本の気風は、100年後の今もあまり変わっていないように思う。

議員を辞めて谷中村に入った田中正造の生き方に、林竹二は深く迫っている。
田中正造の意識は、谷中村の村民と行動に共にするなかで大きく変容して行った。
正造自身はそれを、「天国へゆく道ぶしん(普請)」と名づけていた。

「天国へゆく道ぶしん」について理解できるようになるまで、私も何度か読みた返したいと思う。


『林竹二著作集3 田中正造 その生涯と思想』 0985年1月発行 筑摩書房  1600円
『抵抗する自由』  鎌田慧著 2007年5月発行 七つ森書房  1800円
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2009.11.06 Fri
2004年6月1日発行  草思社  2200円

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裁判員制度から始まってから、裁判に関係した本を読みたいと思っていた。
裁判が舞台になっている推理小説を図書館から借りて読んでみたが、求めていた内容とは違ったために、あまり面白く読めなかった。

『狭山事件――石川一雄、41年目の真実 』は裁判がメインになっている本ではないが、裁判員には選ばれたくないと思っていた私が、この本を読んで裁判員は必要かもしれないと思うようになった。

石川一雄さんは、女子高生を誘拐し殺害した罪で無期懲役の判決を受け、昭和38年に服役。平成3年に借出獄した。

有罪の決め手になったのは、自白だった。
石川さんは、取調では自白したものの、裁判では一貫して無実を訴えた。

一審では死刑、二審では無期懲役という判決が下された。
現在も石川さんは無罪を訴え続けているが、再審には到っていない。

石川さんはなぜ自分がやってもいない誘拐殺人を自白し、有罪になったのだろうか。
そこには被差別部落の出身で、小学校にも満足に通えなかったという石川さんの事情が根深く関与していた。

石川さんが容疑者となった埼玉県狭山市の誘拐殺人事件が起きたのは、吉展ちゃん誘拐事件の一ヶ月後だった。
吉展ちゃん事件での失策を挽回したい警察側は、狭山事件での犯人逮捕を急いだ。
警察側が目をつけたのは、被差別部落の若者たちだった。
被害者宅の近くには、被差別部落出身の経営者が営む養豚場があった。
石川さんは、その養豚場で半年ほど働いたことがあったのだ。

別件で逮捕された石川さんは、女子高生殺人容疑で再逮捕された。
それが弁護士に対する不信感となり、石川さんは弁護士よりも警察の言葉を信用すようになってしまった。

石川さんは、投獄されたいた31年間のあいだに文字を獲得し、それによって新たな自己を築き上げることができた。

石川さんが逮捕された昭和38年は、東京でオリンピックの前年だ。
そういう時代になっても、石川さんのように刑務所という場でしか勉強する機会を持てなかった人々がいたという事実に驚さかれる。

貧困と無知、そして非識字が、冤罪を押しつけさせた。
その恨みを、石川一雄は、奪われた文字を獲得し、刑事や検察や判事の論理を批判することが出来た。
それを、私は学ぶことの勝利と考えている。

あとがきでの、著者のこの言葉が、深く納得できる。
2009.11.02 Mon
2006年10月30日発行 藤原書房  2400円


『苦海浄土第二部』は「杢太郎の爺さまが死んだ」という短い文で、その幕を開ける。

爺さまは、重度の水俣病患者である杢太郎少年をいつも胡坐のなかにおいてあやしながら物語を聞かせた。
爺さまが語るのは、その地方で「ふゆじどん」と呼ばれていたホームレスの話だ。
家を持たないばかりか、自分のなかにさえ居場所を見つけられない「ふゆじどん」の心根のなかに人間の尊さを見出し暖かく見守る村人の物語を、爺さまは杢太郎少年にこんこんと語り聞かせていた。

水俣病患者を描写しながらも、石牟礼道子は詩情豊かに自然と人間を物語る。
困窮した状況に置かれている筈の水俣病患者からは、豊かで柔らかい人間性が伝わってくる。

水俣病患者が擁するこの豊かさは、どこから来るのだろう。
耐え難い困難さのなかで生きていることで、人間は諦観を持てるようになるのだろうか。
ほんの些細な日々の出来事を、大きな喜びとして受け止められるようになるのだろうか。

著者はあとがきのなかで、「受難の極にあるこの人々から手をのべられ、すくわれているのは、こちらのほうかもしれない」と、書いている。

一人ではけって到達できない人間の深部を、私も著者に導かれて覗き込んだような気がする。


2009.10.04 Sun
2009年3月10日発行    白水社  2000円



スウェーデンの作家ヨハンナ・ティデル(1980年〜)のデビュー作で、アウグスト賞を受賞しています。

読みながら、重松清の『きみの友達』を思いだしました。
『きみの友達』で泣いた方は、この本でも泣けると思います。
私は号泣しました。

母と二人ぐらしのイェンナは中学生になったばかり。
スサンナという幼馴染の親友がいて、二学年上のサッケという男の子に憧れているふつうの中学生だ。
そんなイェンナの生活に重くのしかかっているのは、母リブが患っているガンだった。
リブは数年前に乳房を切除していたが、ガンは進行し続けていた。

 母さんが死んだら  あたしは死ぬよ
 ほんとだから
 あたしは死ぬ
 あ、ちがう、死ぬんじゃない
 自殺する、っていうんだ
 または 自分で命をたつ
 そういうことで
 母さん
 母さんが死んだら
 あたしは命をたつよ 自分の手で
     1年C組
     イェンナ・ヴィルソン

国語の時間に『愛』というテーマで書いた詩を、イェンナは誰にも見せずに持ち帰り、自室の天井の星のシールのなかにこっそりと隠した。


スウェーデンの中学生は行動面ではとても大人びていて、お酒を飲んだりタバコを吸ったりすることも珍しくないようです。
行動面ではとても大人びていても、片思いの男の子のことで悩み、友達のちょっとした言葉に傷き、大人の言葉に反発を感じる内面は、同じ年頃の日本の中学生と変わりません。

大切な人を失うその前後の日々。
中学生の少女の気持ちは大きく揺れ動きます。

少女の言葉で語れる母への思いが、胸に迫ります。
2009.09.23 Wed
私の水俣病に関する知識は、水俣病というその名前がすべてでした。

今年になってから、水俣病の発見者である細川一さんを取り上げた「そのとき歴史が動いた」を観て、水俣病がどんな病気なのかを始めて知りました。

熊本県水俣市はチッソ株式会社という会社の企業城下町です。
昭和31年、細川医師が院長を詰めるチッソ付属病院に原因不明の病状を持つ患者が運ばれてきました。
工業排水を使用した実験を行った細川医師は、病気の原因が排水に含まれる有機水銀にあることを突き止めましたが、チッソ株式会社はまったく取り合ってくれず、実験も中止せざるをえなくりました。
水俣病の患者らがチッソ株式会社を相手に裁判を起こした際、細川医師は原告側の承認として真実を語り、この証言が原告側の勝訴を決定づけることになりました。

この番組を観て以来、水俣病についてもっと知らなければならないのではないだろうか、と漠然と思うようになりました。

盛夏の頃、斉藤孝さんのおすすめブックリストで「苦海浄土」という本を知り、図書館から借りました。

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昭和44年発行  講談社

私が図書館から借りたのは単行本で、本のなかで触れられている水俣病患者のうちの幾人かの写真が掲載されています。

本を開いて、まずに目に入るのは人間の手の写真です。
物をつかむことなど到底出来ないと思われるほど、指が奇妙な形に変形しています。

その写真の裏は、「草の親」という章で取り上げれている杉原ゆりの写真です。
美しい面立ちの少女の腕や指が、不自然な具合に折れ曲がっています。

写真を見るかぎり、この少女は身体に障害はあっても、頭はしっかりしているように見えます。
けれど昭和31年の入院時には、「強直性麻痺、不眠狂躁状態、泣涕、視力全くなく、聴力、言語、意識障碍著明、寝返り、起立、歩行不能、嚥下障害、著明な腱反射亢進、足ちく搦あり、し尿失禁」という状態でした。
杉原ゆりの姉と両親は、それぞれ症状に差はあるものの全員が水俣病を患っています。

健康だった人々が、突然、見たことも聴いたこともない病に襲われ、身体の自由がきかなくなる。
酷い場合は死に至る。
有機水瓶で汚染された食事が原因なので、家族から何人もの水俣病患者が出る。
窮乏きわまる水俣病患者に対して、国や県や市は何の援助もせず、チッソ株式会社は排水が水俣病の原因とは認めようとしない。
チッソ株式会社に環境改善と保障を求める水俣病患者たちに、水俣市民は敵意のこもった眼差しを投げかける。

水俣市の近くに暮らす普通の主婦だった石牟礼道子は、そんな状況を他人事として眺めていることができませんでした。
水俣病の患者たちの元を訪れ、患者や家族を心眼で見つめ、彼らが言わんとすることの全てをあますところなく汲み取って、目に映ったこと、感じたことの丸ごとを書き残そうとしました。

石牟礼道子が物言えない水俣病患者に成り代わり、言葉を尽くして伝えようとしたことは、本を手にした全ての人に伝わると思います。
私のことを言えば、これほど心情が伝わってくる本を、他に読んだことがありません。

山中久平少年の意固地の底にある悔しさ、仙助老人の無念、坂上ゆきの陽気な哀しさは自分の身に起きたことのように感じられました。

私達が利便性を求め近代化を尊っとんだために、犠牲になった人々がいることは忘れてはいけないと思いました。

チッソ株式会社のホームページの「水俣病問題の取り組みについて」というページは、「現在、リニューアル中です」となっています。
チッソ株式会社がいかに不誠実であるかは本のなかでもふれられていますが、このホームページはまさにその象徴のように思えます。

ウィキペディアで調べたところ、チッソ株式会社は、旭化成、積水化学、積水ハウス、信越化学工業の母体会社だそうです。

何だか物凄く腹が立ってきて、一人不買運動を始めることにしました。
2009.09.22 Tue
2004年1月30日発行  文藝春秋 2000円
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熊谷達也はこの作品で、山本周五郎賞・直木賞をダブル受賞しています。

『邂逅の森』は、『相剋の森』に登場した人々の曽祖父の代の物語です。

現在のマタギを扱った『相剋の森』では、マタギそのものを描写した場面が少なく、物足りなさを感じました。
けれど時代を遡った本書では、マタギたちが山で狩猟をするところから物語が始まり、最終章では熊と人間が生死をかけて戦う場面が、双方の息遣いが感じられるような迫力ある描写で続いています。

マタギの世界が堪能できます。

松橋富治は明治38年、秋田県の山すそにある打当という小集落に生まれた。
耕作地が少なく農業だけでは暮らしが成り立たない打当の住民にとって、山の恵みは暮らしに欠かせない資源だった。
そんな土地に生を受けなるべくしてマタギになった富治も、16歳のときから旅マタギと呼ばれる出稼ぎ猟に随伴するようになり、マタギとしての研鑽を積んでいた。
25歳になった富治は、村を上げて行う毒流し漁で、文枝という美しい娘と出合い、愛し合うようになった。
地主の娘である文枝が富治の子を身ごもったことで、富治の運命は大きく動き出した。


――彼ら(マタギ)に流れる狩猟民の血は、実は、都会に暮らす我々の中にも、等しく眠っている。それが時として暴れだすと、手に負えないものとなり、社会生活の破壊者となってしまう。だが、猟により、その血を解き放つ経験を蓄積しているマタギたちは、人間に潜む野性や獣性、そして欲望を制御する術(すべ)も知っている。
 山に入ったマタギは、同じ人間とは思えないほど、里にいる時とは顔が変わる。存在そのものが変容する。そんな人間の生の姿を、私は『邂逅の森』という小説で描きたかった――自著を語るより

著者は本書を執筆した理由を、著者は上記のように語っています。

マタギになった気分でわくわくしながら『『邂逅の森』を読んだ私のなかにも、野性や獣性というようなものが存在するかもしれません。

普段は自然とは縁遠い生活を送っていますが、本を読むことで一生訪れることがないような山々を駆け巡り、動物と対峙させてもらいました。

自然のなかで暮らす人々の、打算のかけらもないおおらかで純朴な愛情にも、心を打たれました。

2009.07.21 Tue
2008年7月20日発行  光文社古典新訳文庫  971円 857円  952円 762円
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青年将校ヴロンスキーのプロポーズを待っていた貴族の娘キティーは、地主貴族リューヴィンからのプロポーズを断ってしまった。
ところがヴロンスキーは、兄の不倫の仲裁をするためにモスクワを訪れた美しい人妻アンナと恋に落ちてしまう。
物語はアンナとリューヴィンの二人を追いながら、別々に進んで行く。
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新訳ということでとても読みやすい文章でしたが、主人公のアンナに興味が持てず、なかなか読み進んでいくことが出来ませんでした。
アンナは、今で言うと「魔性の女」です。
頭も良く、教養もあるのに、生きる目的が恋人のヴロンスキーに愛されることだけというアンナという女性に、私はあまり共感できませんでした。

アンナの物語と平行して語られる別筋のリューヴィンの物語がなかったら、途中で読むのを止めていたと思います。

北御門二郎によると、晩年のトルストイは『戦争と平和』や『アンナ・カレーニナ』などの自己の大作を否定していたそうです。
トルストイの民話、『復活』と晩年の作品から読み始めた私も、当時ロシアに1%しかいなかったという貴族階級の人々だけが登場する『アンナ・カレーニナ』には違和感を覚えます。
『アンナ・カレーニナ』に登場するのは支配階級にありながら、支配される側の人々を省みることが無い人々ばかりです。

作家の意図するところとは違いますが、何故、ロシアに革命が起きたのかが納得できる物語ではあると思います。
2009.07.09 Thu
2005年5月31日発行  早川書房  各2300円
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人間は自分の進む道を選び、そこを戦い抜いて、勝利することができる。(文中より)

人間は如何に生きるべきか、という大命題に、スタインベックが真正面から取り組んだ名作です。
苦悩、喪失感、孤独、喜び、愛、人間が生きていく上で感じるであろう全ての感情が、物語のなかに見事に描きださています。
死ぬまでに読んでおいたほうが良い本というのがあるとしたら、『エデンの東』は間違いなくそのなかに入る一冊です。
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19世紀末のアメリカの二家族を、壮大なスケールで描いた物語。
コネチカットの農場で厳格な父に育てられ、心ならずも戦争に参加したアダム・トラスクは、退役後は目的を見失い腹違いの弟が待つ農場に帰ってきた。
キャシーという美女に出会ったことで、人生に新たな希望を見出したアダムは、カリフォルニア州サリーナスに新天地を求めて移り住んだ。
サリーナスに家族のための楽園を作りたいと夢見るアダムは、アイルランド移民のサミュエル・ハムルトンに援助を求めた。
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ジェームス・ディーンの『エデンの東』は深夜映画で見たことがありましたが、映画は小説のほんの一部分に過ぎませんでした。

物語のなかには、いくつもの人生があります。
悪に染まった人生も、ひたすら善に向かおうとする人生もあります。
スタインベックはこの長い物語のなかで、人間は自分の考えで生き方を選択することできる、それこそが人間を人間たらしめているものの源である、と言っています。

本を読む醍醐味が、存分に味える一冊です。
2009.07.05 Sun
2003年1月23日発行  講談社  各684円
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高村薫の直木賞を受作品です。

『マークスの山』は、合田雄一郎が登場するシリーズで、『照柿』の前の物語です。
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平成四年十月五日、都立大裏の路上で、畑山宏という暴力団員が頭をえぐられて殺された。
三日後の十月七日、王子の国家公務員住宅の前で、法務省刑事局次長の松井が、同じような凶器を使用して殺されているのが発見された。
捜査に当たっていた合田雄一郎をはじめとする強行犯捜査班3係の刑事たちは、畑山宏の弁護士林原と、殺された松井が同じ大学の山岳部に所属していたことをつきとめた。
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換気の悪い組織のなかで、いらだちを募らせつつ捜査に当たる刑事たちの姿が丁寧に描かれます。
警察組織には詳しくない私にも、28歳で警部補に昇進した合田雄一郎の苦悩が伝わってきました。

水野のような上級職と、自分のようなたたき上げのなかのエリートと、その他大勢という、似て非なるものの三段重ねで警察という組織は出来ている。そして、そのそれぞれに醜悪な日々があり、それぞれが外に対しては権力を振りかざし、内では上昇志向を剥き出しにして競り合いながら、それぞれの断層ではどこまでも交じり合うことがない。


読みごたえはありましたが、精神障害のあるの人間による連続猟奇殺人という設定が、私にはとても気になりました。

近所に知的障害のある子どもの通所施設があって、そこに通っている子どもたちと良く顔を合わせます。
そういう子どもたちが誤解されるような内容の小説は、それがフィクションだとわかっていても楽しめないなぁ、と思いました。
2009.06.26 Fri
2003年3月10日発行  集英社  2100円

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熊谷達也(1958〜)は、初めて読む作家です。
『相剋の森 』は、自然と共に暮らすマタギに焦点を当てた珍しい小説です。
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仙台でタウン誌の編集長をしている佐藤美佐子は、「マタギの集い」という集会に取材に出かけた。
狩猟の楽しさや、熊肉の美味しさを喜々として語るマタギ達のようすに違和感を覚えた美佐子は、「今の時代に熊を食べる必要性があるのでしょうか」と発言して、マタギ達の顰蹙を買ってしまった。
そんな美佐子に、吉本というフリーカメラマンが声をかけてきた。
男女関係のもつれからタウン誌を辞めフリーのライターになった美佐子は、マタギを題材にした記事を書こうと思いたち、吉本と連絡を取った。
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マタギという職業に対しても、ツキノワグマに関しても何の知識もなかったので、とても興味深く読みました。
熊と人間との関わりについてもっと踏み込んでほしかった、枝葉の恋愛の部分はいらなかった、と思います。
人間は野性動物とどう関わっていけば良いのかという疑問に、主人公は明確な答えを見い出せないままで小説は終わっています。
それはこの小説を書いた時点で、著者が答えを出せなかったからだろうと思います。
熊谷達也はこの作品以降もマタギや、自然とともに生活する人々を題材にした小説を執筆しているので、他の作品も追々読んで行こうと思います。
2009.06.26 Fri
2005年10月10日発行
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リディア・デイヴィスは(1947〜)アメリカの作家です。
その作風から、カフカやベケットに例えられ、「アメリカ文学界の静かな巨人」と称されているそうです。

本書は日本で出版されているリディア・デイヴィスの唯一の著作です。
ほんの数行の短い文章から長いものでも30ページ程度の掌編、短編が51編収められています。

表題の『ほとんど記憶のない女』をはじめ、読みながら、これは自分と同じだ、と何度も何度も思いました。

けれど著者は、『共感』という最後の掌編で下記のように記しています。

私たちがある特定の思想家に共感するのは、 私たちがその人の考えを正しいと思うからだ。あるいは私たちがすでに考えていたことをその人が私たちに示してくれるから。あるいは私たちがすでに考えていたことを、より明確な形で私たちに示してくれるから。あるいは私たちがもう少しで考えるところだったことを示してくれるから。あるいは遅かれ早かれ考えていたであろうことを。あいるいは、もしもそれを読んでいなかったらもっとずっと遅くに考えていたであろうことを。あるいは、もしも読んでいなかったら考える可能性があっても結局は考えなかったであろうことを。あるいは、読んでいなかったら考える意思があっても結局は考えなかったであろうことを。 


日頃、心のなかにぼんやり浮かんでは消えていく感情の断片がそのまま文章になったようだと思うのは、あまりにも的確な表現に、そんなことを思ったことも無いのに、まるで自分が同じことを感じたかのように錯覚しているだけなのかもしれません。

51編のなかで、『十三番めの女』『ほとんど記憶のない女』『二度目のチャンス』『肉と夫』『私たちの優しさ』『俳優』『理解の努力』『ノックリー氏』『たいていの場合彼が正しい』『自分の気持ち』『グレン・グールド』『裏のアパート』『大学勤め』『混沌の理由』『共感』が特に好きです。
2009.06.25 Thu
2000年4月25日発行  新潮社  1800円



公開中の映画『愛を読むひと』の原作です。

年の差がある男女のラブストーリィ-なのかと思って読み始めたら、その後ろに人生の深い闇が隠されていました。

第二次世界大戦の敗戦国であるドイツの、戦後の物語です。
戦時中に自国の国民が行った行為をどう受け止めるのか、加害者として戦争に関わった人をどう捉えるのかが、小説のひとつのテーマになっています。
戦争には参加していない世代の主人公が、戦争加害者としての行為を受け止めようとして感じる苦悩は、同じ敗戦国に生まれた私にも理解できるような気がしました。

重いテーマを含んだ小説ですが、後半には、この小説のもうひとつのテーマである愛によってもたらされる静かな感動が待ち受けています。
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学校から帰る途中で体調を崩した15歳のミヒャエルは、介抱してもらったことがきっかけで、36歳のハンナ・シュミッツという女性と知り合い、愛し合うようになった。
ところがある日突然、ミヒャエルには何も告げずに、ハンナは姿を消してしまった。
それから数年後、法学を学ぶ大学生になったミヒャエルは、ゼミのために出向いた法廷でハンナとの再開を果たした。
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三部構成になっている小説です。
男の子の大人への目覚めを扱った作品は苦手なので、15歳のミヒャエルと36歳のハンナの恋愛を描いている一部を読んだときは途中で読むのを止めようかと思いましたが、三部の途中で泣きました。
最後まで読んでよかったです。

日本の東京裁判に当たるニュルンベルク裁判後に、ドイツが戦争加害者を裁いたアウシュビッツ裁判という裁判があったことを、この作品を読んで初めて知りました。
映画『私は貝になりたい』を観たときと同じように、戦争は戦闘や戦火での直接の被害の他にも様々な悲劇を生むということを、この小説を読みながら再び強く感じました。
2009.06.15 Mon
1994年7月15日発行

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照柿(てりがき)とういのは、晩秋の西日を浴びた塾柿の色だそうです。

合田刑事が登場するシリーズで、「レディ・ジョーカー」のひとつ前の作品です。
登場人物が少ないので「レディ・ジョーカー」よりは楽に読めましたが、閉塞感の強い、どんよりと暗いミステリィーでした。
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同僚の森と電車に乗っていた合田刑事は、電車のフロントガラス越しに跨線橋から赤い服の女性が落下するのを目撃した。落下する直前に赤い服の女と揉みあっていた男は逃走し、さらに青いスカートの女がその男を追うように走り去った。
電車をで降り、跨線橋の通路の壁に寄りかかっている青いスカートの女をみつけた合田は、会ったばかりのその女に強く惹かれるのを感じた。

同じ日の朝、バス停に立っていた「太陽精工株式会社羽村工場」に勤務する野田辰夫は、青いスカートをはいて歩いてくるひとりの女に目を止めた。
女は野田辰夫が結婚前に付き合っていた佐野美保子だった。
行き先を訊ねた野田辰夫に三保子は、居なくなった夫が見つかった、と応え足早に去って行った。
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工場の溶鉱炉で働く人の気持ちが、追体験できます。
レンブラントの絵のように、ほの暗い世界のなかのところどころに鮮やかな色彩が印象的に使われている小説です。
私は、「レディ・ジョーカー」のほうが好きです。
2009.06.05 Fri
1997年12月5日発行   毎日新聞社  格1700円  
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1998年度「このミステリーがすごい!」の国内版1位になった作品です。

高村薫は初めて読みました。
数年前ですが、テレビで高村薫が話しているのを見たことがあります。
女性を感じさせない硬質な雰囲気の容姿と話し方がとても印象的で、きっと私なんかでは歯が立たないような硬くて難しい小説を書いているに違いないと、高村薫の著作には手が伸びませんでした。

そんな印象だったのに、よっちゃんのお勧めで読んでみたら、読んでいる間ずっとこの小説が終わらなければ良いのに、と思うぐらい面白かったです。
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青森県の貧しい小作農家の三男として生を受けた物井清三は、昭和22年、八戸の鋳物工場を解雇されのをきっかけに上京した。上野界隈でリヤカーを引きながらバタ屋をし、一年後やっと旋盤工の職に就き、4歳の娘を抱えた芳江と結婚した。家を売り貯金をはたいて薬局を買い取ったのは、物井清三が50歳のときだった。
1990年、物井清三の妻は既に他界し、娘の美津子は秦野浩之という歯科医に嫁いでいた。
その年の10月、孫の秦野孝之が日の出ビールの二次面接を終えた数日後に交通事故死し、11月には歯科医の秦野浩之が息子の後を追うように自殺した。物井清三は警察に呼ばれ、岡村清二について警察から質問を受けた。
岡村清二というのは、養子に行った物井清三の実兄だった。
息子の孝之が事故死した後、浩之は日の出ビールに手紙とテープを送りつけていた。そのテープは、岡本清二が日の出ビール宛てに書いた手紙を吹き込んだものだった。若い頃、日の出ビールの研究所に勤務していた岡村清二が、知人の解雇は部落差別によるものでは無いかと訴えている内容のテープだった。
そのことがきっかけとなり、物井清三は興信所に依頼し、音信不通になっていた兄・岡村清二の行方を探し始めた。
1994年5月に岡村清二が秋川の特擁老人ホームにいると確認されて以来、物井清三は一日置きに見舞いに訪れていた。
三ヵ月後、いつものように老人ホームを訪れた物井清三は、6人部屋のベッドで死んでいる兄を発見した。
頭の中で悪鬼の声を聞いた物井は、日の出ビールから金を搾り取ることを思いつき、競馬仲間を誘った。
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登場人物の背景と心理が詳細に描かれているクオリティーの高い厚みのある小説でした。

7人の男性の視点が入れ替わりながら物語が進行していきます。
職種の異なるその7人の男性のなかで、私は物井さんが一番好きです。
自己の苦悩のなかで彷徨っている他の登場人物と比べて、物井さんは常に自分以外の誰かを気遣っています。
物井さんが犯罪に手を染めたのも、単なる私憤からではなく、世の中の理不尽さに対する怒りからのように感じました。
その物井さんの怒りは、弱者に心を寄せる著者の怒りでもあると思いました。
「レディ・ジョーカー」というタイトにも、そんな著者のスタンスが現れてるのではないかと思います。

物井さんを中心とした犯人グループに肩入れしながら読んでいたので、大満足の結末でした。
2009.05.25 Mon
平成20年11月30日発行  角川書店  1800円
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精神科医伊良部シリーズとは趣を異にした重量感のあるクライムノベルです。
格差社会という言葉を実感として感ることも多くなった昨今ですが、オリンピックが開催された昭和39年の日本には、今とは比較にならないほど大きな社会格差があったようです。
著者は本書のなかに東京の裕福な家庭で生まれ育った須賀忠と、秋田の貧農出身の島崎国男という対照的な二人の青年を登場させ、当時の日本の格差を解り易く浮き彫りにしています。
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昭和39年8月22日、警察幹部の屋敷にダイナマイトが仕掛けられ、小火騒ぎが起きた。
警視庁には草加次郎と名乗る人物から「オリンピックのカイサイをボウガイします」という脅迫状が送られてきた。
8月26日にも同じ人物から封書が届き、中野の警察学校宿舎の内部が爆破された。
脅迫文に使われた切り抜き文字が「無線と科学」という雑誌の3月号と判明し、警察がローラー作戦を敷くと、島崎国男という東大大学院生の名前が浮上してきた。
その島崎国男は、死んだ兄が働いていた建設現場で、慣れない重労働に汗を流していた。
9月に入ると、今度は建設中のモノレールの橋脚が爆破された。
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読後、一番印象に残ったのは、オリンピックの開催に間に合うようにと建設現場で酷使されていた出稼ぎ労働者たちの様子でした。
いったいオリンピックが決まってから、東京でどれだけの人夫が死んだのか。ビルの建設現場で、橋や道路の工事で次々と犠牲者を出していった。新幹線の工事を入れれば数百人に上るだろう。
それは東京を近代都市として取り繕うための地方が差し出した生贄だ。
それならいっそのこと、オリンピックから身代白金を奪ってやろう、と考える主人公を生み出した奥田英朗に、私は「サウスバウンド」を読んで感じたような反骨精神を、再び感じました。
2009.05.24 Sun
1997年5月3発行  読売新聞社   1500円


以前、「光クラブ」事件を取り上げたテレビ番組を見ました。
「光クラブ」は戦後まもなく東大生山崎晃嗣らが始めた闇金融です。
資金繰りに失敗し、天才と謳われた山崎晃嗣が青酸カリによる服毒自殺を遂げ終焉を迎えたというショッキングな事件でした。

『白昼の死角』は、その「光クラブ」をモデルにした「太陽クラブ」の残党鶴岡七郎と高木彬光が箱根の温泉で知り合ったところから始まります。
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東大生法学部二年の隅田光一は教授陣から元首相若槻礼次郎以来の天才と折り紙を付けられ、将来を嘱望されている学生だった。
その隅田が「20万で20億の金を作る方法がある」と、学友の鶴岡七郎、木島良助、九鬼善司を誘い、金融業「光クラブ」を発足させたのは昭和23年1月のことだった。
「太陽クラブ」は、現役の東大生が経営しているという事実が客の信頼を呼び、その年の暮れには「東都金融」という株式会社を設立する躍進ぶりだった。
しかし、鶴岡七郎は、カリスマ経営者隅田の欠点が次第に目につくようになり、会社の将来に不安を感じ始めた。
翌昭和24年、七郎の懸念は現実のものとなり、社長の隅田光一と副社長の木島良助が詐欺と物価統制令違反の容疑で逮捕された。
詐欺罪の窮地から二人を救うために七郎は株券の引換証を利用した詐欺の計画を立てた。詐欺は成功し隅田と木島は釈放された。しかし、その半年後に隅田は焼身自殺。「太陽クラブ」は幕を閉じた。
職を失った七郎は、企業を相手にした新たな詐欺の計画を立て始めた。
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この小説が最初に出版されたのは1960年ですが、まったく古さを感じませんでした。鶴岡七郎が詐欺を実行していくその手口の鮮やかさに、ぐいぐい引き込まれて読みました。
1920年生まれの高木彬光は、小説のなかで犯罪の手口だけではなく、敗戦によりモラルを喪失した人々の心の在りようにも随所で触れています。
混沌とした時代のなかで指針を見失い犯罪に手を染めていった当時の若者の気持ちを、その時代を生きたことがない私も追随しながら読むことが出来ました。

敗戦により戦後の日本人の心に焼きついた「勝てば官軍」という思想や、若者の刹那的な生き方は、このときから連綿と続いて現在に至っているのではないか、と思いました。
2009.05.16 Sat
2001年4月25日発行  彩流社  上2500円 下2800円

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悪女に標的にされた三人の女性の物語です。
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レバノンで起きたテロに巻き込まれてズィーニアが亡くなったと知ったトニー、カリス、ロズは、彼女の追悼式に出かけた。
かつて四人は同じ大学に在籍し、トニー、カリス、ロズの三人は同じ女子寮に住んでいた。
ズィーニアに手酷い痛手を負わされて、結束を結んだ三人だった。
ズィーニアはトニー、カリス、ロズのそれぞれに取り入り、恋人や夫を奪い去ったのだ。
追悼式の後も定期的に顔を会わせていた三人の前に、死んだはずのズィーニアが姿を表した。
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ズィーニアの悪女ぶりが凄いです。
こんな女性とは絶対に知り合いになりたくない。
死んだと思っていたのに生きているところなんかは映画の「エイリアン」のようで怖いです。
2009.05.15 Fri
1997年7月30日発行  新潮社    2400円 
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表紙のイラストとタイトルとからは想像がつきませんが、ラブ・ストーリーです。
ラブ・ストーリーだけど甘ったるくないお話で、私は好きです。
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人間にあまり興味がない図書館司書のペギーは、図書館にやってきた背の高い少年ジェイムズのどこかバランスの悪いところに惹かれ、しだいに恋するようになった。
11歳で身長が既に185センチだったジェームズは、12歳出190センチ、16歳のときには225センチになり、さらに延び続けていた。
ペギーの愛するジェームスは巨人症というあまり長生きできない病気に罹っていたのだった。
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相手のどこか変わったところが好き、というペギーの気持ちは良くわかります。
かっこいいところより、朴訥なところや要領の悪いところを見て、男性を好きになる女性は意外に多いんですよ。

2009.05.15 Fri
1995年9月20日発行   講談社  1400円

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近未来ディストピア小説です。
あっというまに読めるわりには内容があって面白かったです。
設定が、竹宮恵子の「地球へ」と似ています。
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11歳のジョーナスが生きているのは、何度もの戦争を体験した末に人間が考え出した「ユートピア」の筈だった。
そこでは誰もが苦悩することなく日々を暮らしていた。
子どもが12歳になると、それぞれに適した職業が与えられ、ジョーナスはコミュニティーの次代「記憶を受け継ぐ者」に決まった。
「記憶を受け継ぐ者」は、その名が示すとおりはコミュニティーで唯一過去の記憶を所有している人間だった。
「記憶を受け継ぐ者」から少しずつ記憶を伝えらたジョーナスは、スポイルされて生きている人間たちの生活に疑問を抱き始めた。

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