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読書記録です。
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2008.09.10 Wed
2003年5月25日発行 筑摩書房  3600円


オコナーが描いた1950年代60年代のアメリカ南部の人々の閉塞感は、今の日本の私達が感じる閉塞感にとても似ているのではないだろうか、と短編のあれこれを読みながら思いました。

すべてのものは一点にあつまる
ジュリアンの母親は肥満気味でYMCAのダイエット教室に通っている。
人種によってバスの座席が分けられるのが廃止されると母親が一人でバスに乗るのを嫌うようになったため、息子のジュリアンがお供することになった。大地主だった祖父が大勢の奴隷を使っていた時代を忘れられない母は、「黒人というば奴隷」という意識が抜けない。その日、紫色の新しい帽子を被った母とジュリアンがバスに乗っていると、母と同じ帽子を被った黒人女性がバスに乗り込んできた。
グリーンリーフ
ミセス・メイの農場にはグリーンリーフという使用人の一家が住んでいる。
怠け者のミスタ・グリーンリーフと、イカレた宗教に嵌っているミセス・グリーンリーフには、この夫婦に似合いの不潔な娘が5人いるが、どうしたことか双子の息子たちだけは出来がいい。二人とも大学を卒業し、所帯を持ち、近所で農場を営んでる。それに比べてミセス・メイの二人の息子は30を過ぎても未だに独身で、母親を馬鹿しながら同じ家で暮らしている。ある日、ミセス・メイの農場に大きな牛が現れた。グリーンリーフの息子達の農場から逃げ出してきた牛だと知ったミセス・メイは、息子の農場に牛を連れていくようにミスタ・グリーンリーフに言い渡すが、ミスタ・グリーンリーフはいっこうに仕事に取り掛かろうとしない。
長引く悪寒
24歳のアズベリーはニューヨークで体調を崩し、故郷に帰って来た。
自分の死が近いことを感じとったアズベリーはニューヨークで出会ったイエズス会の知的な雰囲気の神父を思い出し、イエズス会の神父に会わせてほしいと母親に頼んだ。アズベリーを尋ねてきたのは、思い描いていたのとは全く違う、知性のかけらのも感じられない神父だった。
障害者優先
市のリクレーション指導者のシェパードは、土曜日なると少年院に出かけてカウンセラーをしている。
シェパードはそこでルーファス・ジョンソンという足の不自由な14歳の少年に目を留めた。ルーファス・ジョンソンは知能指数が140もあったのだ。
10歳になる息子のノートンの知的能力に失望してるシェパードは、少年院を出たら尋ねてくるようにとルーファス・ジョンソンに家の鍵を渡した。

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2008.08.29 Fri
2003年5月25日発行  筑摩書房 3600円


「善人はなかなかいない」が良かったので、こちらも読んでみました。
「善人はなかなかいない」を読んだときほどの衝撃は感じませんでしたが、人間の欺瞞を見抜いて描き出す才能は卓越した作家だと思いました。

生きのこるために
知的障害があり口が利けない孫娘と老婆が二人で暮らしている農場に、シフトレットという片腕の男がやってきた。
老婆は大工だというその男に不信感を抱いたが、男の仕事ぶりを見るうちに、孫娘と結婚して欲しいと思うようになった。
農場に浮かぶ太陽まで自分の所有物だと思うような強欲な老婆と、何でも他人のせいにして生きているシフトレットという男が、おかしく哀しい。
人造黒人
田舎に住んでいるミスタ・ヘッドは、10歳になる孫のネルソンをつれて、アトランタに行くことにした。今のうちに都会を見せておけば、孫は都会の恐ろしさに怖気づき、都会に出ようとは思わなくなるだろう、という魂胆からだった。ある日の早朝、ミスタ・ヘッドはネルソンを連れて、アトランタ行きの列車に乗った。
田舎ではひとかどの人物と目されているミスタ・ヘッドだったが、慣れない場所で混乱をきたし、思えわぬところで地金を露呈してしまう。
田舎の善人
ミセス・ホープウェルは「田舎の善人」という言葉がお気に入りだ。
使用人で欠点の多いミセス・フリーマンのことも、身持ちが悪いミセス・フリーマンの娘たちのことも「田舎の善人」という言葉で一括りにする。ミセス・ホープウェルの唯一の気がかりは、31歳の一人娘ジョイのことだった。子どもころの事故が元で義足をつけているジョイは、大学で哲学の博士号を取得した気難しい娘だった。ある日、ミセス・ホープウェルの家に聖書のセールスマンがやってきた。「田舎の善人」を絵に描いたようなセールスマンは、ある目的を持って娘のジョイに近づいた。
2008.08.20 Wed
1998年5月25日



フラナリー・オコナー(1925-1964)はアメリカの女性作家です。
本書には5篇の短編が収められています。
最初の「善人はなかなかいない」は、あまり良いとは思いませんでした。ですが、2篇目の「強制追放者」を読んで、いっぺんに考えが変わりました。フラナリー・オコナーは凄いです。
人は誰でもその人なりの正義感をもって、他人になんらかの判断をくだしながら生きています。その自分の正義感が、ご都合主義で歪んでいることに全く気づかない人々を、オコナーは鋭敏な眼差しで見事に捉えています。この小説のなかの人物に良く似た人間は私の周りにも大勢います。それどころか、私自身も本に描かれた人々と、そんなには違わないんじゃないだろうかとさえ思えます。 日本ではここ数年、家族間や、親しい間柄での殺人事件が増えている感がありますが、本書にはそういう親密な関係のなかで齟齬をきたす過程が、不気味なほどリアルに描き出されています。

強制追放者
マッキンタイヤ夫人の農園に、ナチの手を逃れたポーランド人の一家がやってきた。機械の操縦が得意なポーランド人の夫が農園の仕事をてきぱきとこなし始めると、マッキンタイヤ夫人は農園で働いているショートレイの仕事ぶりに不満を感じるようになった。解雇するつもりでいたショートレイ一家が農園を去ると、マッキンタイヤ夫人は今度はポーランド人に対する不満が高まり、居なくなったショートレイ夫人とのおしゃべりが懐かしくてたまらなくなった。そんな折、ショートレイ一家が農園に舞い戻ってきた。
「世界の苦しみは、私の責任じゃないんだから」と口にするマッキンタイヤ夫人の言葉はどこか身につまされて、笑いたいのに笑えない。
森の景色
老人は一番下の孫で、自分に良く似た顔立ちのメアリー・フォーチュンが大のお気に入りだ。老人は9歳のメアリーと一緒に、自宅の周囲が開発されるようすを楽しんで眺めていた。ところが、老人が家の前の土地を売ると口にして以来、孫娘は反抗的な態度をとり始めた。
家庭のやすらぎ
父が亡くなった後、トマスと母は静かな落ち着いた生活をしていた。
トマスの母は愛情過多なところがあり、困っている人間を見ると闇雲に手を差し伸べる傾向がある。ある日、新聞を見ていた母は、一人の娘の顔写真に目をとめた。偽造為替で捕まった娘だった。留置場を訪ねた母は、娘の身の上に同情し身元引受人になった。さらに母は、弁護士に相談し、娘を仮釈放させるように計らうと、仕事先と預かり先も決めてやった。けれど素行の悪さから預かり先を追い出された娘は、トマスの家で一緒に暮らすことになってしまった。
「性昴進症」と診断された娘と暮らすことにトマスが異を唱えると、「ずっと思ってたのよ。あんただって、そうなったかもしれないって」と母が答えると――ゆっくりとあの娘に変身していく気がして、トマス自分自身への耐えがたい嫌悪を感じた――心理描写の上手さに、引き込まれます。

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