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読書記録です。
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2009.07.21 Tue
2008年7月20日発行  光文社古典新訳文庫  971円 857円  952円 762円
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青年将校ヴロンスキーのプロポーズを待っていた貴族の娘キティーは、地主貴族リューヴィンからのプロポーズを断ってしまった。
ところがヴロンスキーは、兄の不倫の仲裁をするためにモスクワを訪れた美しい人妻アンナと恋に落ちてしまう。
物語はアンナとリューヴィンの二人を追いながら、別々に進んで行く。
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新訳ということでとても読みやすい文章でしたが、主人公のアンナに興味が持てず、なかなか読み進んでいくことが出来ませんでした。
アンナは、今で言うと「魔性の女」です。
頭も良く、教養もあるのに、生きる目的が恋人のヴロンスキーに愛されることだけというアンナという女性に、私はあまり共感できませんでした。

アンナの物語と平行して語られる別筋のリューヴィンの物語がなかったら、途中で読むのを止めていたと思います。

北御門二郎によると、晩年のトルストイは『戦争と平和』や『アンナ・カレーニナ』などの自己の大作を否定していたそうです。
トルストイの民話、『復活』と晩年の作品から読み始めた私も、当時ロシアに1%しかいなかったという貴族階級の人々だけが登場する『アンナ・カレーニナ』には違和感を覚えます。
『アンナ・カレーニナ』に登場するのは支配階級にありながら、支配される側の人々を省みることが無い人々ばかりです。

作家の意図するところとは違いますが、何故、ロシアに革命が起きたのかが納得できる物語ではあると思います。
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2009.02.14 Sat
1993年9月30日発行  地の塩書房 1600円



北御門二郎訳の『愛あるところに神あり』があまりにも良かったので、この本はセブンアンドワイで購入しました。

『人は何で生きるか』『火の不始末は大火のもと』『愛あるところに神あり』『ニ老人』『イワンの馬鹿』『人にはたくさんの土地がいるか』『卵ほどの大きさの穀物』という6編が収録されています。

巻末の年表によると、五十代のトルストイは、「民衆とともに生き、人生のために有益な、しかも一般の民衆に理解されるものを、単純にわかり易く書こう」と決意し、民話を書き始めたそうです。

この本を読んだあとに、『復活』(中村白葉訳 河出書房新書)を読んだのですが、トルストイが『復活』のなかで謂わんとしているところは、みんなこの民話のなかで語られていると思いました。

『イワンの馬鹿』は、子どものころ読んだことがありましたが、殆ど印象に残っていませんでした。
北御門訳で読んで、初めてこういう話だったのか、と納得しました。

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『人は何で生きるか』
村はずれのお堂の陰で裸で凍えていた若い男を見つけた靴屋のセミヨンは、家に連れて帰りました。
セミヨンの家で一緒に暮らすことになったその男は実は天使でした。
天使は、神さまから「人のなかには何があるのか? 人に与えられていないものは何か? 人は何によって生きるか?」という問いの答えを見つけるようにと地上に使わされたのでした。

『火の不始末は大火のもと』
隣同士、仲良く暮らしていたイワンの家族とガウリーロの家族は、鶏の卵が無くなったことから、しだいに憎みあうようになり、裁判沙汰になり、終いには村の半分を焼失する大火事まで引き起こしてしまいます。

『愛あるところに神あり』
妻子を亡くしすっかり厭世的になってしまった靴屋のマルティンは、同郷の友人から進められた福音書を読むことで、ふたたび生きる希望を見出しました。
ある夜マルティンは、「お前のところを訪ねる」という神の声を聞きました。
翌日、仕事の傍ら、窓の外の往来を気にして眺めていたマルティンは、気の毒な老人に気がつき、声をかけました。

『ニ老人』
6篇のなかで、私が一番好きな物語です。

エリセイとエフュームという二人の老人は、長年の夢だったエルサレムへの巡礼に出かけました。
旅の途中、喉の渇きを覚えたエリセイは、エフュームに先に行くよう促し、ひとりで近くの農家に立ち寄りました。
ドアの外から声をかけても返事がないので帰ろうとしたとき、なかから呻き声が聞こえてきました。
エリセイがドアを開けると、家のなかには餓えてぐったりとした家族の姿がありました。
この一家にために何もしないのは、自分のなかのキリストを失うことになる、そんなことでは巡礼に行く意味がないと思ったエリセイは、見知らぬ家族のためにできるだけのことをして尽くます。
エリセイはその家族のために所持金のあらかたを使ってしまい、巡礼に行くのを諦めて、故郷へ引き返しました。

『イワンの馬鹿』
ある裕福な農家にセミヨン、タラス、イワンという3兄弟とマーシャという娘がいました。
足りることを知らないセミヨンとタラスは、二人だけで遺産を相続したいとイワンに話を持ちかけますが、イワンは快く承諾します。
そんな様子を見ていた老悪魔は、兄弟を仲たがいさせようと3人の小悪魔を送り込みました。
セミヨンとタラスは子悪魔の罠に易々とはまりました。
ところが、何も欲しがらない馬鹿のイワンに、子悪魔は手を焼いてしまいます。

『人にはたくさんの土地がいるか』
自分の暮らしに満足していたお百姓のパホームに悪魔がとりつき、序々により良い土地が手に入るようにと画策すると、パホームも次々と悪魔の誘いに乗って、より肥沃で広大な土地を求めるようになりました。
旅の商人からパシキールには肥沃な土地が有り余っていると聞いたパホームは、遠いパシキールにまでやってきました。
パシキール人の村長が、1日ぐるりと歩いたぶんだけの土地を譲ると請け合うと、翌日パホームは早朝から起きだして歩き始めました。
2009.01.05 Mon
2006年6月15日発行  あすなろ書房  900円



「愛あるところに神あり」「火の不始末は大火のもと」という2編が収録されています。
小学校中学年ぐらいから読めます。
あっという間に読んでしまったのに、内容が深くて感想が書けず、何度も読み返しました。
そのたびに、感動しました。

私は、これといった宗教を信じているわけでもないので、自分の指針となるものが非常に曖昧で、あやふやです。
この2編は、そんな私にぴったりの作品でした。
どういう生き方をすれば良いのかというのは、実は子どもにでも解るようなとても簡単なことなのに、実行するとなると、難しいですね。
人間は自分の愚かさには、なかなか気づきません。
気がついたとしても、それを素直に認めて悔い改める、ということをしない場合が多いように思います。
「火の不始末は大火のもと」は、そういう人間の愚かさがどういう悲劇を生むのかを描いた作品です。

「愛あるところに神あり」は、自分自身のなかに神がいると考えることで、人間の生き方が変わるというお話です。
読んだ人の心に何らかの痕跡を必ず残す本だと思います。

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