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読書記録です。
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2008.07.25 Fri
1998年6月30日33刷  晶文社 2500円


著者のアイザック・ディネーセン{1885~1962)は、デンマーク生まれの女性作家です。
27歳で結婚したディネーセンは、その後の18年間をアフリカで過ごしました。
本書はディネーセンがアフリカで過ごした日々を綴った本で、これはもう素晴らしいです。 本を読むことで、優雅で気品に満ちた動物と気高い人々が暮らす美しい世界へと旅立てます。 ディネーセンが見たアフリカを見、そのときディネーセンが感じたように胸を震わすことがでます。

この本を読んで感じる心地よさは、ディネーセンの感受性の豊かや、人を見る目の深さなど、その精神性の高さに起因するものだろうと思います。

『誇りについて』という項目でディネーセンは、
「誇りとは、人間を作ったときに神がもったであろう観念への信仰である」と言い、
「誇りを持たない人々は、他人がこれこそ成功だと確証するものを受け入れ、幸せを享受し、自己という存在さえも、その日その日の噂によって決めてしまう」と嘆いています。
「誇りを持たない人々」とは、まさに日本の今の私達のことではないかと思いました。

人生のなかでさまざまな困難と向き合ったディネーセンは、 『人生の軌跡』と題し、幼いころ覚えた物語を紹介しています。
ある大きなもの音を聞いた一人の男が、音の原因を探してあちこちさ迷い、何度も石につまずいたり、溝に落ちたりする。それでも男は音のする方を目指して歩いて行く。
この物語に添って線を描くと、コウノトリの絵ができあがるという絵描き歌のような物語です。
ディネーセンは、この物語に慰めらる、と書いています。
「この人は変な音を探るという目的を見失わず、どんな目にあっても家に帰ったりしなかった。 歩むべき道をあゆみきわめ、信念を持ち続けた。この人はその報いを得た。朝になってコウノトリを見ることが出来たのだ。 きっと、このとき大声で笑ったにちがいない。
この土壇場、いま私が陥っている暗い穴。これはどんな猛禽の爪にあたるのだろうか。 私の人生が終わったとき、私はきっとコウノトリをみるのだろう。それとも、誰かほかの人たちがコウノトリを見るかもしれない」と記しています。
ディネーセンが描いたコウノトリは、本書のなかに凛とした美しい姿を留めています。

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2008.07.23 Wed
1992年4月25日発行  白水社  960円



このタイトルは、昭和の歌謡曲ふうでおかしいですね。
タイトルを目にしただけだったら、おそらく手に取ることはない本ですが、この本は面白かったです。
カーソン・マッカラーズは1917年、アメリカのジョージア州に生まれた女性作家で、1967年に亡くなっています。

「悲しき酒場の唄」には、どこかジョン・アーヴィングを思い起こさせるような容姿に特徴がある人物たちが登場します。
人を愛するがゆえの孤独と、人が去った後の孤独についてが、もの凄くドライなタッチで描かれています。

主人公のアメリアは身長が6フィート以上もある大柄な女性で、工場がひとつあるだけの田舎で暮らしています。男性に負けない体格で女らしさとは無縁のアメリアは、他人と関わるのは商売と頻繁に起こす控訴ごとだけという孤独な生活を送っています。ここで孤独というのは、他人から見た場合で、アメリア自身は特に孤独だと感じている様子もなく、日々を送っています。
そんなアメリアの家に、あるとき自分はいとこのライマンだと名乗る男がやってきて、アメリアの家で一緒に暮らし始めました。ライアンが現れてから、アメリアは商売をしていた自宅で酒をふるまうようになり、それが酒場の始まりになりました。
大勢が見るところによると、アメリアは自分の腰のあたりまでしか身長がない貧相で口先だけのライマンというその男に恋をしているようでした。
アメリアとライマンが一緒に暮らしはじめてから6年後、マーヴィン・メイシーという男が町に戻ってきました。アトランタの近くの刑務所から戻ってきた美男のマーヴィン・メイシーは、かつてアメリアの夫でした。
マーヴィン・メイシーがアメリアの酒場に現れると、ライマンはマーヴィン・メイシーに異常な関心を示し、その後を付いて回るようになりました。

「木 石 雲」
これは20ページにも満たない短編ですが、とても印象的な物語でした。
新聞配達の少年は休憩によった酒場で、見知らぬ老人から話しかけられました。
50歳で結婚し妻に逃げられと話し出した老人は、妻の行方を方々探し回るうちに、何かを愛するということを初めて知り得た、と少年に語ります。
他三篇

2008.07.18 Fri
2008年7月発行 集英社文庫  800円
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広瀬正の「マイナス・ゼロ」が集英社文庫から復刻された、という広告を今朝の新聞で見つけました。
和田誠の表紙も以前のままで、これは嬉しいですね。
広瀬正は、長編5冊を残して他界した日本のSF黎明期の作家です。
広瀬正の「マイナス・ゼロ」と「エロス」はタイム・トラベル小説の傑作です。
ノスタルジックな味わいがある面白い作品ぞろいなので、これを皮切りに他の本も復刻されるといいなあ、と思います。

昭和二十年、東京郊外に住む中学二年生の浜田俊夫は、隣りに住んでいる三つ年上の啓子に淡い恋心を抱ていた。戦渦が増していくなか、空襲で隣家に火の手が上がった。
俊夫が急いで駆けつけると、啓子の父の及川教授が煙の中で倒れていた。
及川教授は俊夫に不思議な遺言を残して、息をひきとった。
俊夫は必死に啓子を探したが、啓子の行方は解からずじまいだった。
それから十八年後、俊夫は及川邸を訊ねた。
及川邸のドーム型の研究室は昔と同じ佇まいで、そこに建っていた 。
教授の遺言の時間に俊夫が研究室のドアを開けると、そこには防空頭巾をかぶった啓子が戦争中のままの姿で立っていた。
ドームの中にはタイムマシンがあったのだ。
俊夫はタイムマシンに乗り、昭和三十八年に啓子を残したまま、戦前の昭和七年にタイムスッリップしてしまった。
2008.07.15 Tue
2007年8月10日発行  文芸春秋  1619円



やっと図書館から廻ってきました。
上巻を読んだのが2月だったので、下巻を読みながら上巻の内容を思い出していく感じでした。
そのせいか、それほど面白いとは思いませんでした。
とくに疑問を感じたのは、娘を殺害するに至った親の理屈と、それに対する前畑滋子の反応です。
自分で生んだ娘なので自分の手で殺害した、という親が言うと、
「私には子どもが居ません。子育ての難しさも喜びも知りません。それでも思うんです。どうしようもなく、理由なんかなしに、そういうことが起こるときがあるんだって」
と前畑滋子が答えます。
この親に対して、この答えはまったく納得できないです。
自分に子どもが居る居ないに関係なく、子どもは親の所有物ではない、というのは自明の利ですよ。
こんなことを言っていたら、親の犠牲になって死んでいく子どもは浮かばれないと思います。
前畑滋子はジャーナリストなんだから、こんなぼんやりした意見じゃなく、犯罪というものに対してもっとしっかりした考えを持っているはずじゃないだろうか、とも思いました。
無性に後味が悪い読後でした。

2008.07.15 Tue

2008年6月25日発行  講談社 1200円





 冒頭の、雨上がりのマンホールの蓋にたまった雨水にゼラチンを溶いたら、ぺらぺらのゼリーが出来るだろう、というところから好きです。
そこから、人間同士の間も蓋にたまった雨水のように境界があやふやなのかもしれない、と感じる。そういう自分だけが感じていたような日常のぼんやりした感覚を著者はとても上手く表現しています。
大学のサークルを舞台にした恋愛小説です。
誰かを好きになるときは、その人の美点やかっこよさではなく、相手の変なところを好きになったりする。そいうことは小説ではあまり書かれないですが、現実はそうだなあ、と思います。
主人公の小笠原という女の子の不器用な学生生活に、忘れていたその頃の自分の幼さを思い出しました。
日本の小説ではちょっと他に類がないぐらい正直に女性の気持ちが描かれた小悦です。
読んでいるうちに、あまりに身につまされて胸が苦しくなるようなことろもありました。
そういう箇所も含めて、とても好きです。
2008.07.08 Tue
2005年12月10日発行 白水社 1600円



実際に起っていることと、そのときの心の動きの間に隔たりがある場合があります。
目の前で起きていることを受け止めたくないという無意識の防御なのかもしれないし、他に違う理由があるのかもしれません。 普通だったら心の隅に追いやられてしまいそうなそんな些細な思いが、とても上手く表現されている小説です。

主人公の少年は、住んでいるところも年齢も明記されていません。 少年の家には、病気で伏している父親が居ます。
仕事に行く途中の露天でトビを見つけた少年は、どうしても欲しい、と思いました。
少年の仕事は養老院で暮らしているお年寄りの散歩に付き添うことです。
なかなかトビを買うお金がたまらない少年は、養老院のそばに住んでいるボルグマンという男性からある仕事を持ちかけられました。
トビを買うために気が進まない仕事を引き受けた少年は、そのことを父に打ち明けます。
少年と父はとても親密な関係です。少年は、どんな話しをしても受け止めてもらえると父を信頼しています。
少年の話を聴いた父は、
「むかし、父さんもある経験をした。
ふつうならつらいと感じるようなことだったが、おれはそう感じなかった。だが、そのかわり、自分は独りだと、これ以上ないほど独りだと感じた」と話します。

少年が犬を連れて雪の中を歩くようす、オレンジ色の電球に照らされたトビ、天井で踊る影など、物語は鮮明な映像が浮かんでくるような美しい描写に満ちています。
読んでいる最中、そばで静かに話しかけられているような感じがしました。
2008.07.06 Sun
2006年3月3日発行  アーティストハウス  1800円

アフガニスタン出身でアメリカ在住の作家の長編小説です。本書は2003年にアメリカで出版され、ベストセラーになりました。 2001年11月にアメリカで同時多発テロがおき、アメリカはアフガニスタンへ侵攻しました。
この本はその後に書かれました。
父と息子との姿と友情が丁寧に描かれていて、胸をうちます。
「カイト・ランナー」を読むと、アフガニスタンで暮らす人々も、私たちとなんの違いもないことが、良くわかります。
世界のどこの国に住んでいる人も、同じように人とのふれあいのなかで傷つき、親との間には葛藤がある。
そんな当たり前のことも、テロや戦争などが起きると、頭のなかから消えてしまいます。自分たちとは宗教や、風習が違う、というような差異を上げつらい、戦争を正当化しようとする風潮に、知らず知らずのうちに感化されがちです。
そんななかで、この本がアメリカでベストセラにーになったのは、とても意義のあることだったと思います。
本書を書かかなければ、と思った著者の意気込みが伝わってくる力作です。

アミールはアフガニスタンの首都カブールの裕福な家に生まれた。
召使の息子ハッサンといつも一緒に遊んでいたが、ハッサンはハザラ人というモンゴロイド系でシーア派ということもあり、アミールは自分とハッサンを対等に見ることはなかった。
そんな八ッサンにアミールの父が好意を示すたび、アミールは傷つき、ハッサンに嫉妬を覚えた。内向的でスポーツに関心がないアミールは、父が自分のことを情けない息子だと思っていることを知っていた。

君のためなら千回でも  カーレド・ホッセイニ

2007年12月19日発行  早川書房 各693円

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映画公開に合せ「君のためなら千回でも 」と改題されて、早川文庫からも出版されました。

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