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読書記録です。
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2009.09.23 Wed
私の水俣病に関する知識は、水俣病というその名前がすべてでした。

今年になってから、水俣病の発見者である細川一さんを取り上げた「そのとき歴史が動いた」を観て、水俣病がどんな病気なのかを始めて知りました。

熊本県水俣市はチッソ株式会社という会社の企業城下町です。
昭和31年、細川医師が院長を詰めるチッソ付属病院に原因不明の病状を持つ患者が運ばれてきました。
工業排水を使用した実験を行った細川医師は、病気の原因が排水に含まれる有機水銀にあることを突き止めましたが、チッソ株式会社はまったく取り合ってくれず、実験も中止せざるをえなくりました。
水俣病の患者らがチッソ株式会社を相手に裁判を起こした際、細川医師は原告側の承認として真実を語り、この証言が原告側の勝訴を決定づけることになりました。

この番組を観て以来、水俣病についてもっと知らなければならないのではないだろうか、と漠然と思うようになりました。

盛夏の頃、斉藤孝さんのおすすめブックリストで「苦海浄土」という本を知り、図書館から借りました。

kugaijyodo.jpg
昭和44年発行  講談社

私が図書館から借りたのは単行本で、本のなかで触れられている水俣病患者のうちの幾人かの写真が掲載されています。

本を開いて、まずに目に入るのは人間の手の写真です。
物をつかむことなど到底出来ないと思われるほど、指が奇妙な形に変形しています。

その写真の裏は、「草の親」という章で取り上げれている杉原ゆりの写真です。
美しい面立ちの少女の腕や指が、不自然な具合に折れ曲がっています。

写真を見るかぎり、この少女は身体に障害はあっても、頭はしっかりしているように見えます。
けれど昭和31年の入院時には、「強直性麻痺、不眠狂躁状態、泣涕、視力全くなく、聴力、言語、意識障碍著明、寝返り、起立、歩行不能、嚥下障害、著明な腱反射亢進、足ちく搦あり、し尿失禁」という状態でした。
杉原ゆりの姉と両親は、それぞれ症状に差はあるものの全員が水俣病を患っています。

健康だった人々が、突然、見たことも聴いたこともない病に襲われ、身体の自由がきかなくなる。
酷い場合は死に至る。
有機水瓶で汚染された食事が原因なので、家族から何人もの水俣病患者が出る。
窮乏きわまる水俣病患者に対して、国や県や市は何の援助もせず、チッソ株式会社は排水が水俣病の原因とは認めようとしない。
チッソ株式会社に環境改善と保障を求める水俣病患者たちに、水俣市民は敵意のこもった眼差しを投げかける。

水俣市の近くに暮らす普通の主婦だった石牟礼道子は、そんな状況を他人事として眺めていることができませんでした。
水俣病の患者たちの元を訪れ、患者や家族を心眼で見つめ、彼らが言わんとすることの全てをあますところなく汲み取って、目に映ったこと、感じたことの丸ごとを書き残そうとしました。

石牟礼道子が物言えない水俣病患者に成り代わり、言葉を尽くして伝えようとしたことは、本を手にした全ての人に伝わると思います。
私のことを言えば、これほど心情が伝わってくる本を、他に読んだことがありません。

山中久平少年の意固地の底にある悔しさ、仙助老人の無念、坂上ゆきの陽気な哀しさは自分の身に起きたことのように感じられました。

私達が利便性を求め近代化を尊っとんだために、犠牲になった人々がいることは忘れてはいけないと思いました。

チッソ株式会社のホームページの「水俣病問題の取り組みについて」というページは、「現在、リニューアル中です」となっています。
チッソ株式会社がいかに不誠実であるかは本のなかでもふれられていますが、このホームページはまさにその象徴のように思えます。

ウィキペディアで調べたところ、チッソ株式会社は、旭化成、積水化学、積水ハウス、信越化学工業の母体会社だそうです。

何だか物凄く腹が立ってきて、一人不買運動を始めることにしました。
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2009.09.22 Tue
2004年1月30日発行  文藝春秋 2000円
02404144_20090731065740.jpg   
熊谷達也はこの作品で、山本周五郎賞・直木賞をダブル受賞しています。

『邂逅の森』は、『相剋の森』に登場した人々の曽祖父の代の物語です。

現在のマタギを扱った『相剋の森』では、マタギそのものを描写した場面が少なく、物足りなさを感じました。
けれど時代を遡った本書では、マタギたちが山で狩猟をするところから物語が始まり、最終章では熊と人間が生死をかけて戦う場面が、双方の息遣いが感じられるような迫力ある描写で続いています。

マタギの世界が堪能できます。

松橋富治は明治38年、秋田県の山すそにある打当という小集落に生まれた。
耕作地が少なく農業だけでは暮らしが成り立たない打当の住民にとって、山の恵みは暮らしに欠かせない資源だった。
そんな土地に生を受けなるべくしてマタギになった富治も、16歳のときから旅マタギと呼ばれる出稼ぎ猟に随伴するようになり、マタギとしての研鑽を積んでいた。
25歳になった富治は、村を上げて行う毒流し漁で、文枝という美しい娘と出合い、愛し合うようになった。
地主の娘である文枝が富治の子を身ごもったことで、富治の運命は大きく動き出した。


――彼ら(マタギ)に流れる狩猟民の血は、実は、都会に暮らす我々の中にも、等しく眠っている。それが時として暴れだすと、手に負えないものとなり、社会生活の破壊者となってしまう。だが、猟により、その血を解き放つ経験を蓄積しているマタギたちは、人間に潜む野性や獣性、そして欲望を制御する術(すべ)も知っている。
 山に入ったマタギは、同じ人間とは思えないほど、里にいる時とは顔が変わる。存在そのものが変容する。そんな人間の生の姿を、私は『邂逅の森』という小説で描きたかった――自著を語るより

著者は本書を執筆した理由を、著者は上記のように語っています。

マタギになった気分でわくわくしながら『『邂逅の森』を読んだ私のなかにも、野性や獣性というようなものが存在するかもしれません。

普段は自然とは縁遠い生活を送っていますが、本を読むことで一生訪れることがないような山々を駆け巡り、動物と対峙させてもらいました。

自然のなかで暮らす人々の、打算のかけらもないおおらかで純朴な愛情にも、心を打たれました。

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