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読書記録です。
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2009.11.27 Fri
羽田ハブ空港化構想に森田健作千葉県知事が激怒したニュースで、成田空港が建設された際の抗争が映つし出されていたのを見て、『抵抗する自由』(鎌田慧)を読んだ。

ニュースでは成田闘争は過去の出来事のように言っていたが、成田空港の滑走路の正面で今も数家族が農業をしながら暮らしている。
成田問題は、未だに解決していなかったのだ。

『抵抗する自由』と一緒に、『苦海浄土』のなかで石牟礼道子が繰り返し読んだ書いていた林竹二の田中正造の本も、図書館から借りてきた。『林竹二著作集3 田中正造 その生涯と思想』

成田闘争は昭和40年代、田中正造がその生涯を賭けて関わった足尾銅山の鉱毒事件は明治時代の後半だが、手段を選ばず農民を立ち退かせようとする政府のやり口は驚くほど似ている。

『田中正造 その生涯と思想』には、田中正造の日記が抜粋されている。

国民は法律師の奴隷たるべからず。
被害民は、被害地を指して、我はこの土地の所有者たることを忘れるべからず。


日本の気風は、下より起こらず、上よりす、民権も官よりす。
日本の民権は、民人より発揚せるにはあらざるなり。
憲法すら上よりせり。ああ一種不思議の気風なり。
日本今ま(ママ)君主制国の如く、立憲の如く、盗賊国の如し。危うし、危うし。


田中正造が嘆いた日本の気風は、100年後の今もあまり変わっていないように思う。

議員を辞めて谷中村に入った田中正造の生き方に、林竹二は深く迫っている。
田中正造の意識は、谷中村の村民と行動に共にするなかで大きく変容して行った。
正造自身はそれを、「天国へゆく道ぶしん(普請)」と名づけていた。

「天国へゆく道ぶしん」について理解できるようになるまで、私も何度か読みた返したいと思う。


『林竹二著作集3 田中正造 その生涯と思想』 0985年1月発行 筑摩書房  1600円
『抵抗する自由』  鎌田慧著 2007年5月発行 七つ森書房  1800円
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2009.11.06 Fri
2004年6月1日発行  草思社  2200円

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裁判員制度から始まってから、裁判に関係した本を読みたいと思っていた。
裁判が舞台になっている推理小説を図書館から借りて読んでみたが、求めていた内容とは違ったために、あまり面白く読めなかった。

『狭山事件――石川一雄、41年目の真実 』は裁判がメインになっている本ではないが、裁判員には選ばれたくないと思っていた私が、この本を読んで裁判員は必要かもしれないと思うようになった。

石川一雄さんは、女子高生を誘拐し殺害した罪で無期懲役の判決を受け、昭和38年に服役。平成3年に借出獄した。

有罪の決め手になったのは、自白だった。
石川さんは、取調では自白したものの、裁判では一貫して無実を訴えた。

一審では死刑、二審では無期懲役という判決が下された。
現在も石川さんは無罪を訴え続けているが、再審には到っていない。

石川さんはなぜ自分がやってもいない誘拐殺人を自白し、有罪になったのだろうか。
そこには被差別部落の出身で、小学校にも満足に通えなかったという石川さんの事情が根深く関与していた。

石川さんが容疑者となった埼玉県狭山市の誘拐殺人事件が起きたのは、吉展ちゃん誘拐事件の一ヶ月後だった。
吉展ちゃん事件での失策を挽回したい警察側は、狭山事件での犯人逮捕を急いだ。
警察側が目をつけたのは、被差別部落の若者たちだった。
被害者宅の近くには、被差別部落出身の経営者が営む養豚場があった。
石川さんは、その養豚場で半年ほど働いたことがあったのだ。

別件で逮捕された石川さんは、女子高生殺人容疑で再逮捕された。
それが弁護士に対する不信感となり、石川さんは弁護士よりも警察の言葉を信用すようになってしまった。

石川さんは、投獄されたいた31年間のあいだに文字を獲得し、それによって新たな自己を築き上げることができた。

石川さんが逮捕された昭和38年は、東京でオリンピックの前年だ。
そういう時代になっても、石川さんのように刑務所という場でしか勉強する機会を持てなかった人々がいたという事実に驚さかれる。

貧困と無知、そして非識字が、冤罪を押しつけさせた。
その恨みを、石川一雄は、奪われた文字を獲得し、刑事や検察や判事の論理を批判することが出来た。
それを、私は学ぶことの勝利と考えている。

あとがきでの、著者のこの言葉が、深く納得できる。
2009.11.02 Mon
2006年10月30日発行 藤原書房  2400円


『苦海浄土第二部』は「杢太郎の爺さまが死んだ」という短い文で、その幕を開ける。

爺さまは、重度の水俣病患者である杢太郎少年をいつも胡坐のなかにおいてあやしながら物語を聞かせた。
爺さまが語るのは、その地方で「ふゆじどん」と呼ばれていたホームレスの話だ。
家を持たないばかりか、自分のなかにさえ居場所を見つけられない「ふゆじどん」の心根のなかに人間の尊さを見出し暖かく見守る村人の物語を、爺さまは杢太郎少年にこんこんと語り聞かせていた。

水俣病患者を描写しながらも、石牟礼道子は詩情豊かに自然と人間を物語る。
困窮した状況に置かれている筈の水俣病患者からは、豊かで柔らかい人間性が伝わってくる。

水俣病患者が擁するこの豊かさは、どこから来るのだろう。
耐え難い困難さのなかで生きていることで、人間は諦観を持てるようになるのだろうか。
ほんの些細な日々の出来事を、大きな喜びとして受け止められるようになるのだろうか。

著者はあとがきのなかで、「受難の極にあるこの人々から手をのべられ、すくわれているのは、こちらのほうかもしれない」と、書いている。

一人ではけって到達できない人間の深部を、私も著者に導かれて覗き込んだような気がする。


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