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読書記録です。
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2010.03.12 Fri
2009年2月20日発行  光文社 

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ドストエフスキーの作品は一冊も読んでいない。
しかし、本好きなのにドストエフスキーを読んだことがないというのはどうなんだろう、とは思っている。

以前「カラマーゾフの兄弟」がブームになったときに、私もそのブームに便乗しようと思った。
予約待ちをして図書館から「カラマーゾフの兄弟1」を借りた。
借りた一巻目は、どうにか読んだ。
しかし、ちっとも面白いとは思えず、二巻目以降は未だに読んでいない。

そんな失敗を踏まえて、今回は「罪と罰」全三巻をいっぺんに図書館から借りてきた。
目標は「読破」。

「罪と罰」は、大学を辞めた無職の青年ラスコーリニコフが、ある目的を遂げようとするところから始まる。

ドストエフスキーはその目的が何なのかについて触れていないが、有名な小説である。私は、ラスコーリニコフの目的が老婆殺しであると知っている。

目的を達成しよとするラスコーリニコフのようすや行動を、ドストエフスキーは事細かに描写している。
それが、恐い。

恐くて、なかなか読み進めることが出来ない。
主人公に自分を重ねるのは読書の楽しみのひとつだが、ラスコーリニコフと自分とを重ね合わせたくない。

人間の想像も出来ないような側面について知り得ることができるのも読書の醍醐味であると思って、気が進まないながらも毎日少しずつ読んでいくことにした。

二巻目の、予審判事ポルフィーリーとの会話によってラスコーリニコフの考えが明らかにされるあたりから、ようやく興味をもって読めるようになった。

ラスコーリニコフの考えとはこうだ。

人間は凡人と非凡人とに分けられる。
大多数のつねに服従するだけの人間が凡人であり、人類のより良い未来のために道を切り開く役割を担っているのが非凡人である。
そういう非凡人は法に縛らない。
むしろ大儀のためには法を犯さなければならない。
リキュルゴス・ソロン・ムハンマド・ナポレオンという偉人たちも犯罪者であった。

ラスコーリニコフが質屋の老婆を殺害したのは金目当てだった。
それと同時に、自分が非凡人の仲間入りをするためには殺人という行為が必要だとも考えた。

非常に自分本位な考えだが、殺人者のなかにはラスコーリニコフと似た考え方をする人もいるのかもしれない。
殺人者でなくとも、私たちは愚かな自己満足のためにさまざまな基準で他人を分別している。

ドストエフスキーは当時実際にペテルブルグで起こったいくつかの殺人事件に着想を得て、「罪と罰」を執筆したらしい。
ドストエフスキーは「罪と罰」のなかで殺人を犯す人間の心理をとことん追求している。

「罪と罰」は読んでいて面白い本ではないが、考えるためのツールになる本だ。

図書館の貸し出し期限の二週間で一通り読んだだけなので、内容をちゃんと把握出来ていない。
いつか、登場人物ひとりひとりの会話の意味を考えながら、じっくりと再読したいと思う。
よっちゃん
TBとコメントありがとうございました。
私も何度か読んだ作品です。はじめはラスコーリニコフの殺人哲学だけが頭に入ってそれだけで充分に堪能できたような錯覚がありました。自分なりの人生をつんでくるとまた別な角度でこの作品を見つめることになりました。古典というものはそういう価値のあるものなのだと思います。
いまでも難解です。覚悟して読む気持ちがないと読みきれませんね。でもその甲斐のある作品ですよね。
2010.03.12 Fri 16:26 URL [ Edit ]
みのり
よっちゃん、おはようございます。

そうですね。
私は一通り読んだだけという状態なので、今後読み直すことがあったら、スヴィドリガイロフの行動などが気になると思います。

ラスコーリニコフが殺人を犯しす前後のドストエフスキーの筆力は凄いですね。恐かったです。
普段あまり見ることのない人間の側面というか、内面の闇の部分に無理やり顔を向けさせられたような感じがしました。
はい、十分理解したとは言いがたいですが、読んでよかったです。
2010.03.13 Sat 08:42 URL [ Edit ]
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「道の道とすべきは、常の道にあらず」 彼は「道」に謀反し、「道」に誅せられ、「道」に回帰していく。
日記風雑読書きなぐり 2010.03.12 Fri 16:06
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